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全盲のヴァイオリニスト(作曲家、講演家)
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穴澤雄介年表


「Dot&Line」
プロフィール

生誕~幼稚園時代

小学校時代

中学校時代

高等部時代

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音楽家時代~2~

メディア・コンクール

穴澤雄介(あなざわ ゆうすけ)プロフィール

[ヴァイオリン奏者、ヴィオラ奏者、作編曲家、ラジオパーソナリティー]

 千葉県市川市出身。心臓と目に障害をもって生まれ、高校時代にほぼ視力を失い、現在は全盲。

筑波大学附属盲学 校高等部本科音楽科、同専攻科音楽科を卒業。

NHK総合テレビでの東京・北京オリンピック・パラリンピックのユニバーサル放送特番に コメンテータ兼演奏者として計13日出演。
NHK「視覚障害ナビ・ラジオ」には毎月 パーソナリティーとして出演中。ドキュメンタリー映画「光をみつける・ヴァイオリニスト
穴澤雄介からのメッセージ」(監督:永田陽介)が2023年5月より公開。

これまで19枚のCDをリリース。第7回ゴールドコンサートにてグランプリ、第25回
浅草ジャズコンテスト・バンド部門にて金賞他、受賞多数。2017年にはフランス
単独演奏ツアーを実施、2018年はシンガポールで開催の「アジア太平洋・障害者
芸術祭」に、2022年はアゼルバイジャン共和国で開催の「True Colors Festival
in アゼルバイジャン」に出演等、海外でも活動中。NHKラジオの番組テーマ曲に
二つの自作曲が採用され、その活動はテレビ東京のドキュメンタリー番組『生きるを

伝える』でも紹介される。また、2014年には『見えなくなったら希望が見えた』、
(KADOKAWA)、2023年には『光をみつける』(ぱるす出版)、二つの本を出版。

毎日新聞社発行の『点字毎日』では、「幅広おすすめCDレポ」を毎月連載中。

穴澤雄介年表(2014年現在)

文・穴澤雄介

☆プロフィール以上、自伝未満(?)。

私穴澤雄介が、大まかにどんな人生を歩 んできたのかをご覧いただければと存じます。

これだけを見ていると、「超悲惨 な人生」と解釈する方も、きっとおいででしょうね。

でも私、今となっては、「 本当にこれでよかった」と感じているのです。

そう、「もし生まれ変わったとし ても同じ人生を歩みたい」と、心から思えるくらいに…。

生誕から幼稚園時代

◆1975年◆

1975年3月29日、穴澤雄介君という男の子(つまり私)が誕生しました。

なんともぎりぎり感あふれる誕生日ですよね。 ぜひ、「みにくい穴澤」と覚えてくださいませ。

ちなみに父は、私が生まれてくるまで、「女の子だろう」と勝 手に決めつけておりましてね。私、なんと穴澤春菜ちゃんになる予定だったそう です。

心臓と眼に障害を持って生まれてきた私…。

でも、眼の障害は子供の頃は 大したことがなくてですね。

小学5年生の途中までは、確か視力も0,8くらい ございましたから、さほど苦にしていませんでした。

けれども問題は心臓のほう でございましてね。

なんでも紫色の顔をして生まれてきたそうで、即入院という ことになってしまいました。

入院に際して必要なのは名前…。「息子さんのお名 前は?」と聞かれた父は、慌てて男の子の名前を考え、そして雄介という名がつ いたそうです。

私は2歳くらい(?)までは、ほとんど入院をしていたようです 。

その後も短期入院や通院は、頻繁にございました。

◆1980年◆

ヴァイオリンという楽器を初めて手にしました。

きっかけは、あまりよく覚え ていないのですが、幼稚園の頃の仲良しの友達と一緒に習い始めましたから

おそらくお互いの親同士で、「一緒に通わせてみましょうよ」なんて話になったの ではないでしょうかね。

名のある先生についたわけでもありませんし、練習も大 嫌いでしたし

不器用なくせに我が強くて先生の言うこともあまり聞かず、本当 に素質0でしたね。

つづき(小学校時代へ)


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